茶の湯と私

茶道、茶の湯というと、自分には関係ないと思われる方がほとんどかもしれない。
私自身も中学生の頃、親に連れられ江戸千家の門をくぐらなければ知る由もなく生きてきたであろう。

始めた動機は、お友達が習いたいというので一緒に、学校帰りに立ち寄る部活みたいなものだった。
なにはともあれ、こんなに続くとは、、ふわふわした青年期を受け入れてくれた。

いつの間にか自分の生きる指針になっていることを年を重ねるにつれ有り難く感じている。

今、改めて茶道を見つめ直すと、趣味や道楽にするには勿体ないほどの日常に活かせる智慧が沢山ある。
7月、江戸千家の稽古場は、お盆の設え。歴代の宗匠のお軸の前で稽古した。
丁度、初使いの柄杓での点前。柄杓は400年近く、ほぼ変わらない形で継承されてきている。

現、宗匠いわく、今は変化や違いに目を向けがちだが、変わらない事に注力することも大切。
今、私たちが学んでいる茶道は、利休さんから始まって伝えられてきている教え。
勿論、時代と共に教えは変化してきているけど、根本は変わらない。変化の激しい今、その変わらない教えに平常心を保つヒントがあるのは確かだ。

今年で50才節目の年、古典から生き抜く智慧を学び、年を重ねていければと思う。

PAGE TOP